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東京地方裁判所 平成8年(ワ)7817号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

押切謙徳

芳賀淳

被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

被告

乙山二郎

被告

丙川三郎

右三名訴訟代理人弁護士

河上和雄

的場徹

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金五〇万円及びこれに対する平成八年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)の発行する週刊誌「フライデー」(以下「フライデー」という。)の取材記者である被告乙山二郎(以下「被告乙山」という。)及びカメラマンである被告丙川三郎(以下「被告丙川」という。)の暴行、暴言により精神的損害を被ったとして、被告らに対し、不法行為(被告講談社に対しては使用者責任)による損害賠償を請求した事案である。

争点は、被告乙山及び被告丙川に原告に対する暴行、暴言があったか、あったとした場合、これが取材行為としての社会的相当性を逸脱し、不法行為責任を負う程度に達していたかどうか、ないし、正当な取材活動として、違法性を阻却するかどうかである。

二  前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び掲記の証拠により認められる事実。)

1  原告は、昭和四二年四月大蔵省に入省し、その後、関東財務局理財部次長、造幣局総務部長等を経て、平成七年六月北海道財務局長となった。

被告会社は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり、「フライデー」は同社の出版物である。

被告乙山及び同丙川は、被告講談社の中のフライデー編集部の委嘱に基づいて働く取材記者(被告乙山)、カメラマン(被告丙川)である(被告乙山及び同丙川本人)。

2  被告乙山及び同丙川(以下「被告両名」ともいう。)は、平成八年四月一一日午前八時五六分ころ、北海道札幌市北区北八条西二丁目札幌第一合同庁舎一一階北海道財務局長室前廊下(以下単に「局長室」、「局長室前廊下」、「秘書室」のようにいうことがある。)において、フライデーの記事のための取材活動を行った(被告乙山、同丙川本人)。

三  原告の主張

1  被告乙山及び同丙川の暴行等

被告乙山及び同丙川は、共謀の上、事前の申し入れないし予告なく原告に対し取材を行おうと計画し、平成八年四月一一日午前八時五六分ころ、局長室前廊下において、秘書室を通って局長室に入室するため、局長室ドア前を通り過ぎ、秘書室に向かっていた原告に対し、こもごも、「このやろう。」、「ちゃんと顔を出せ。」、「うるせー。」などと怒号しながら、被告乙山において原告の身体を抱き止め、前屈みになった原告の顔を上げさせようとし、被告丙川において原告の面前でフラッシュをたいて写真を撮影するなどの暴行を加えた。

この騒ぎを聞き、北海道財務局人事課長高田豊則(以下「高田」という。)が駆けつけ、被告両名に対し、「局長が執務室に入るのを妨害しないでほしい。」と要請したが、被告両名は全く応じなかった。

原告は、秘書室から局長室に入るのを諦め、直接局長室から入室しようとして、被告乙山に身体を抱き止められたまま、鞄で顔を隠して前屈みになった姿勢で、局長室まで後退し、局長室のドアノブに手をかけて入室しようとしたが、被告乙山は原告の背後から手を伸ばして原告の手を払いのける等の暴行を加えた。

原告は、駆けつけた高田と佐藤祥悦秘書係長(以下「佐藤」という。)の助けを借りて、何とか局長室に入り、内側から施錠したところ、被告乙山は、局長室のドアを叩いて「逃げるのか。」、「堂々と取材に応じろ。」などと大声を上げ、その後、秘書室に侵入し、秘書室内にある局長室に通じるドアを激しく叩き、長谷川正則総務課長(以下「長谷川」という。)の退去要求を無視して、「開けろ。取材に応じろ。」、「どこまでも追いかけてやるからそう思え。」などと大声で暴言を吐くなどした。

2  不法行為

右の被告両名の暴行、暴言は、違法なものであり、原告に対する不法行為に該当する。

3  被告講談社の使用者責任

1記載の被告両名の行為は、被告講談社が出版するフライデーの原告に対する取材に関して行われたものであり、被告講談社は、民法七一五条の被告両名の使用者に当たるから、被告両名の不法行為につき、使用者責任を免れない。

4  損害

原告は、職員らの面前で、被告両名から前記の暴行を受け、暴言を浴びせかけられるなどの屈辱を受け、極めて重大な精神的損害を被った。

原告の右損害を慰謝するためには、五〇〇万円が相当である。

5  よって、原告は、被告両名に対しては、民法七〇九条、七一〇条に基づき、被告講談社に対しては、同法七一五条に基づき、各自、右損害金五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成八年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

四  被告らの主張

1  原告に対する取材の経緯

フライデー編集部は、平成八年四月五日付けの朝日新聞朝刊が、コスモ信用組合の泰道三八理事長が関東財務局出身の大蔵官僚二人に対して極めて高額な接待を行っていたと報道し、その中の一人が原告であることが判明したので、原告本人に対する直接取材をするために、被告両名を札幌に派遣した。

2  被告両名の原告に対する取材活動

被告両名は、平成八年四月一一日午前八時五〇分すぎころ、北海道財務局秘書室ドア付近の廊下で待機していたところ、原告が東側エレベーターから降りて歩いてくるのを視認したため、ゆっくりと近づいて行き、被告乙山において「甲野さん、フライデーですが。」と名乗って、原告に対して名刺を提示し、被告丙川において原告の撮影を行い、取材を開始した。

原告は、持っていた鞄で顔を覆い身を屈めて局長室のドアノブをつかんだが、ドアが施錠されていて開かなかったため、ドアノブから手を離し、前屈みになって鞄と新聞紙で顔を覆いながら、突然被告両名に向かって突進し、両名を押しのけて突破しようとする行動に出た。

被告両名は、原告との接触を避けるために半身になりながら、「甲野さん、フライデーという雑誌なんですが。」、「コスモ信用組合の泰道三八氏から接待を受けていたという疑惑がありますが事実ですか。」と取材の趣旨を明示し、「新聞では面識があると答えていたようですがそういう事実はあるんですか。」と問いかけた。

これに対し、原告は答えず、撮影をしていた被告丙川の方に向かって行き、その場を突破しようとした。被告乙山は、「甲野さん、なぜ逃げるんですか。何もないならば逃げる必要はないはずです。」と呼びかけた。

そこに、高田人事課長が、突然「あんたたちは何ですか。」と言いながら割り込み、被告丙川のカメラレンズを手で払いのけた。そのため、被告丙川のカメラのレンズフードは破損した。被告乙山は、高田人事課長に対して「何をするんですか、フライデーの取材です。取材の邪魔をしないでください。」と述べ、名刺を示した。

この間、施錠されていた局長室ドアを佐藤秘書係長が開け、原告は局長室に入り内部から施錠した。

被告乙山は、高田人事課長に対して「何で邪魔をするんですか。甲野さんはコスモ信用組合から接待を受けているという疑惑があってその取材を行っているところだったんですよ。」と述べたとろ、高田は「すいませんでした。」と謝罪した。レンズフードを破損された被告丙川が「レンズフードが壊れてしまった。あなたのお名前は何とおっしゃるんですか。名刺ください。」と述べると、高田は「私は高田と申します。後で名刺を持ってきます。約束します。本当にすいませんでした。」と述べてその場を離れた。

被告乙山は、その間施錠された局長室のドアをノックしつつ「甲野さん、甲野さん、フライデーという雑誌なんですが。」と数回呼びかけたが、原告から応答はなかった。

この経緯を見ていた佐藤秘書係長が、被告両名に対して、「ちょっとこちらでお待ちください。会議室を用意しますので。その間こちらの方へ。」と述べ、局長室に連なる財務局オフィス内のソファに案内した。被告乙山は、佐藤に対して、「甲野さんご自身に話をお聞きしたいんです。他の職員の方と話してもしょうがないでしょう。」と述べて、財務局オフィスにある、局長室に続くドアをノックしつつ、ドア越しに原告に対して、「フライデーですが、コスモ信用組合の泰道三八さんから接待を受けていたという疑惑があるんですが。黙っていないで何か答えてくださいよ。なぜそうやって逃げるんですか。やましいことがなければちゃんと出てきて話したらどうですか。」と呼びかけた。

これに対して、原告は、「逃げるつもりはありません。広報を通してください。」と述べたため、被告乙山は、「それでは広報を通せばちゃんと答えてくれるんですね。」と念を押したところ、原告が答えなかったため、再度「逃げないでください。ちゃんと出てきて答えてください。」と述べた。しかし、原告は、「逃げません。広報を通してください。」と言ったきり口を閉ざした。

3  被告両名の不法行為の不存在

以上のとおり、被告乙山は原告の身体を抱き止める行為もしていないし、局長室のドアノブを回そうとした原告の手を払いのける行為もしていない。その他被告両名が、原告に対して暴言を述べたこともない。

被告両名の行動は、社会生活上よくみられる報道機関の現場取材の域を超えるものではなく、取材倫理上問題となるような行動もとっていない。

4  被告両名の取材活動の正当性(違法性阻却)

(一) 取材行為の違法性評価

取材の対象は、社会に公になっていない情報であり、被取材者は情報の提供に協力的でないことが多いから、取材には被取材者に精神的重圧や困惑を与えたり、プライバシーの侵害的行為や物理的接触など被取材者の生活の平穏を乱すことが必然的につきまとう。

しかし、報道が健全な民主主義社会の維持発展にとって不可欠であるということに鑑みると、その違法性評価については、一般市民の間における場合と異なる考慮をするべきであって、報道の前提となる取材行為を萎縮させるようなことがあってはならない。

したがって、取材の違法性を判断するに当たっては、取材対象事実の公共性、当該取材行為の目的内容における正当性、当該取材行為が社会的に許容される取材行為としての許容範囲を著しく逸脱し重大な法益侵害を生ぜしめているかどうかを考慮するべきである。

(二) 取材対象事実の公共性

本件取材行為の対象事実は、関東財務局出身の大蔵官僚である原告と、乱脈融資で経営を破錠させ信用不安を発生させたコスモ信用組合の理事長泰道三八が、接待を通じて癒着関係にあったというものである。

これは、大蔵行政と大蔵官僚の在り方を公衆に指し示し、その監視と批判を呼び起こす重要な情報であって、高度の公共性をはらむ事柄である。

(三) 本件取材行為の目的内容の正当性

本件取材対象事実は、泰道三八の主宰する政治団体の経理資料によって判明し、朝日新聞の取材に対して原告自身その事実を認めたものである。

したがって本件取材対象事実は、真実性という点において確実であって、フライデー編集部が取材行為を始めるに当たって正当な根拠があったものというべきである。

(四) 取材行為の相当性と重大な法益侵害の不存在

被告両名が敢行した取材行為は、判例上も報道において必要不可欠とされている本人取材に該当するものであって、避けることのできない確認作業であった。

また、原告の取材応諾を拒否する姿勢が強固であったという状況の下では、被告両名の原告に対する言動は、あくまでも取材応諾の説得の趣旨に沿ったものであって、取材行為として相当性を逸脱するものではなく、原告に慰謝料請求権をもって填補しなければならないほどの重大な法益侵害は存在しなかった。

第三  争点に対する判断

一  被告両名の原告に対する暴行、暴言の有無について

1  証拠(甲一、二の一ないし一九、三、四、八、九、乙一の二、乙三、四、検乙一、証人佐藤、同高田、原告本人、被告乙山、同丙川本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告両名は、コスモ信用組合の泰道三八理事長の原告に対する接待事実の有無について、原告本人に直接取材すべく、平成八年四月一一日午前八時五六分ころ、札幌第一合同庁舎一一階の北海道財務局秘書室ドアと中央エレベーターとの間付近の廊下で待機していたところ、東側エレベーター方向から局長室前廊下を秘書室方向に歩いてくる原告を認め、急ぎ被告丙川を先頭に、その左斜め後ろに被告乙山が続く形で原告に近づき、原告が局長室ドアと秘書室ドアの中間付近の廊下にさしかかり、被告両名との距離が約三、四メートルほどになったとき、被告丙川において、「フライデーですが。」と言いつつフラッシュを焚いて写真撮影を始めた。

これに驚いた原告は、とっさに左手に所持していた鞄を掲げ、頭を下げ、顔を隠すようにして、秘書室ドア方向に行きかけたが、被告両名が立ちはだかっていたため、局長室の廊下側ドアから局長室に入室しようとして、前屈みになったまま局長室ドアの方向に後退を始めた。

被告乙山は、自らも「フライデーという雑誌ですが。」と名乗りつつ、「コスモ信用組合の泰道理事長の接待を受けていますか。」などと発問したが、原告が答えず、前記の姿勢のまま被告両名から逃れようと局長室ドアの方へ向かったため、原告の身体の左斜め後ろに取り付き、抱きかかえるようにして、原告の顔を撮影が可能なように仰向かせようとしながら、「甲野さん、そういう事実はあるんですか。」などと発問を続け、取材を継続した。被告丙川は、原告が顔を下げていたため、「このやろう。」「顔を上げろ。」などと声を出しながら、撮影を続けていた。

(二) 高田は、そのころ、トイレに行こうと秘書室ドアを出たところで、局長室前廊下付近でフラッシュが連続して焚かれ、大声がして、フライデー云々と言っているのに気づいた。

高田がその方向をよく見ると、原告が局長室前の廊下で身を屈めており、一人の男性がフラッシュを焚いて原告を撮影しており、もう一人が原告の左横後方で原告を抱きかかえるようにしているのが分かったため、直ぐにそばに駆けつけ、「何やっているんですか、やめてください。」と言って止めようとしたが、無視されたため、一人ではどうにもならないと考えて直ぐに佐藤を呼びに行き、二人で戻って来て、局長室ドア前で高田が原告と被告丙川との間に体を入れ、右手で被告丙川のカメラを下から上に払ったり、カメラのレンズをつかんだりして撮影を妨げようとし、佐藤が被告乙山と原告との間に体を入れた。

原告は、それまでに、被告両名から逃れようと身体を動かすなどし、局長室ドアのノブに手を伸ばして開けようとした(局長室のドアは、鍵がかかっていなかった。)が、被告乙山がその手を払うようにして明けさせまいとしていたため、局長室に入れないでいたところ、佐藤が被告乙山と原告の間に割って入ったので、ドアを開けて局長室に入り、内部から施錠した。

(三) 被告乙山と同丙川は、高田に対し、取材活動を妨げられたとして文句を言い、さらに、被告丙川は、高田からカメラをつかまれるなどしたときにレンズフードが一部壊れたため、このことについても高田に文句を言って、名刺を要求するなどした。この間、被告乙山は、局長室の廊下側ドアをたたき、ノブをがちゃがちゃ回しながら、「甲野さん。」と原告の名を何度も呼び、さらに「逃げるのか。」「堂々と取材に応じろ。」などと大声を出していた。

高田は、その場から被告両名を離そうと考え、「とにかくこちらに来てください。」と言って、先頭に立って第二会議室の方向に被告両名を誘導したが、途中、秘書室ドアが開いていたため、被告両名は秘書室に入り、被告丙川は、同所にあるソファーに腰を下ろした。被告乙山は、秘書室から局長室に通ずるドアをたたいて「甲野さん、堂々と取材に応じて下さい。」、「逃げるのか。」などと、声をかけたところ、「逃げるつもりはありません、広報を通してください。」との返事が返ってきたので、なおも発問を続けたが、その後は応答がなく、被告乙山は、「どこまでも追いかけるからそう思え。」などと言った。

(四) そのころまでに、長谷川総務課長が被告両名のところに来て、お引き取りいただきたいと退去の要求をした。被告丙川は、高田を呼んできて欲しいと要求し、同所に戻ってきた高田に、レンズフードが壊れたこと、二度とこんなことがないようにして欲しい旨を述べ、高田から名刺を受け取った。高田は、その際、自分が破損の原因を作ったとしたら申し訳ないと述べた。

(五) 被告両名は、原告が結局取材に応じなかったことから、あきらめ、退出した。

(六) 原告は、右出来事にショックを受け、また、被告乙山が「どこまでも追いかけるからそう思え。」などと発言したこともあって、当日予定されていた函館への出張や打合せ、面談などを取り止めた。

(七) なお、被告両名は、本件の取材について、あらかじめ、原告や北海道財務局に対し、申込や予告をしてはいなかった。

2  この点に関し、被告乙山は、①原告の身体を抱きかかえたり、ドアノブに伸ばした手を払いのけるなどしていない、むしろ、②原告が最初に出会った直後及び一旦局長室ドア前に至った後に、被告両名に突進してきたり、向かってきたものであると陳述し(乙三)、その旨供述する。また、被告丙川も同様の趣旨を陳述(乙四)ないし供述する。

しかしながら、①の点については、原告本人、証人高田、同佐藤の各供述に照らして採用できず、②の点についても、1掲記の証拠を総合すると、前認定のとおり、原告において、最初に被告両名に遭遇した後に、その取材を避けて秘書室ドア方向に行きかけたこと、及び、局長室ドア前付近で被告両名の取材から逃れようと身体を動かしていたことは認められるものの、被告両名の供述するような態様であったとは認められない。

さらに、被告両名は、前認定のような、「このやろう。」、「顔を上げろ。」、「どこまでも追いかけるからそう思え。」などの言葉を発していないと陳述ないし供述するが、原告本人、証人高田、同佐藤の各供述に照らして採用できない。

その他、以上の認定事実に反する甲三、四、八、乙三、四の各記載部分、証人佐藤、同高田、原告、被告乙山、同丙川の各供述部分は、他の証拠に照らして採用できない。

3 右事実によれば、被告両名は、原告に対する取材を行うに当たり、意を通じて、被告乙山において、原告の身体に取り付く、顔を仰向かせようと抱きかかえる、ドアノブに伸ばした手を払うなどの有形力を行使したものであり、これは、暴行に該当するものといわざるを得ない。また、被告丙川又は同乙山において、「このやろう。」、「顔を上げろ。」、「どこまでも追いかけるからそう思え。」などと発言しているのであり、これは、取材応諾の説得活動として許容される範囲を超えた、原告に対する不法行為を構成すべき暴言に当たるものというべきである。ただし、前認定の状況の下においては、原告が主張する、被告丙川の原告の面前でのフラッシュを焚いての写真撮影が暴行に当たるとは、認めることはできない。

二  被告らの取材行為の正当性(違法性阻却)の主張について

1  取材行為の違法性を評価するに当たっては、報道及び取材の有する社会的価値の重大さに鑑み、取材対象事実の公共性、取材行為の目的、内容の正当性、必要性、取材方法、態様の相当性等を総合して、当該取材行為が社会的に許容される範囲内のものか、これを逸脱するものであるかを判断すべきであると考えられる。

2  被告両名各本人尋問の結果、乙一の二、乙二、五、九によれば、本件においては、大蔵官僚である原告と破綻した金融機関の理事長との癒着という公共性のあるテーマが取材対象となっていること、取材行為を始めるに当たって、朝日新聞による関連した報道がされており、他の情報提供者もいたことから、フライデー編集部では、一定の根拠と取材の必要性が存在すると判断したことが認められ、その根拠の存否についての判断の当否はともかく、これらから、前記の取材対象事実の公共性、取材行為の目的、内容の正当性、必要性については、これを一応肯認することができる。

3  しかしながら、被告両名の取材行為の方法、態様は、前認定のとおりであり、取材対象事実の公共性、取材行為の目的、内容の正当性、必要性が存在するからといって、取材の際の対象者の身体に対する有形力の行使は、厳に慎まなければならないものというべきであり、前認定の、原告の身体に取り付き、顔を仰向かせようと抱きかかえ、ドアノブに伸ばした手を払って局長室への入室を妨害するなどの行為は、到底社会的に許容される範囲内のものであるとはいえない。また、被告両名の発した「このやろう。」、「顔を上げろ。」、「どこまでも追いかけるからそう思え。」などの発言も、前記のとおり、取材における説得活動の域を超え、相当性を欠くものであるといわざるを得ない。

4 したがって、被告両名の行為は、社会的に許容される範囲内のもの、すなわち正当な取材行為とはいえず、違法性を阻却するものではないというべきである。

三  責任原因について

以上によれば、被告乙山及び同丙川は不法行為者として、被告講談社は被告両名の使用者として、原告の被った損害を賠償する義務がある。

四  損害について

原告本人によれば、原告は、被告両名の前認定の違法な取材行為により、ショックを受け、業務にも支障を来し、精神的損害を被ったことが認められる。

他方、被告乙山による前記暴行の態様、程度は、前認定のとおりであって、短時間(佐藤証言によれば、取材を開始してから秘書室に入るまでが約三、四分以内であると考えられる。)であり、また、特に強度のものであったとは認められず、原告の着衣が乱れていたり、原告が傷害を負った事実も認められない。さらに、被告両名の暴言自体も、前認定の程度で、極めて悪質なものとまではいえないと考えられる。

これらの点及び前認定事実並びに本件に表れた諸般の事情を総合考慮すると、原告の精神的損害に対する慰謝料としては、五〇万円が相当であると認める。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、五〇万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑恒)

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